Greendale アルバムレビュー


グリーンデール・ツアーも残すところあと僅かな日程となった。
ようやく日本でもアルバムがリリースされ、これでみなさんと対等になったので、レビューを書いてみようと思う。

UKでは早くも1ケ月前には手許に入ってきた。
散々ユーローやアメリカでのブートレグで耳にタコが出きるほど聞き込んだこのグリーンデール。
発売するや否や、UKでの反応はイマイチだった。
数冊の音楽雑誌や新聞ではあまり芳しい評価を与えられてはいない。
トレードをやっている関係上、世界中の友達と論議を醸し出していた。
hiroko自身もブートに馴れた耳でこの新しいスタジオ・バージョンを注入した当所は「へ?」だった。
だが長年ニールのファンをやっている人なら誰でもが、これが意図的なものだと思ったはずだ。
お偉い音楽評論家達の語る記事に「こいつら全くわかっちゃねぇーな!」と腹立たしい思いすら沸き上がってくる。
確かにこのアルバムでは新しい若い世代のファンには不評になるだろう。
そりゃぁわかる。
しかしだ、ニールは今、何故「Greendale」なのだ?
ここが肝心なのではなかろうか?

このGreendaleの意図するところは音楽を通じた「教え」なのだ。
一曲めから最後まで一貫してじいさんのつぶやきにも似た「Little Love and Affection」が根底に流れている。
これこそがこのアルバムのテーマなのではないだろうか?
そしてDevil、つまり悪はいつも紙一重の状態で後ろにくっついてきている。
Earthブラウンのペットボトルの中に赤い埃を入れ込んだDevil、それが故にいくら水を飲んでも渇きがいやされない。
アラスカへと向かう道中もDevilは追いかけている。
普段は音楽が好きで優しいJedですら、Devilの誘惑に負けて、カーマイケルを撃ってしまう。
Devilは時折幻覚だって見せてくれ、時には人を喜ばせてもくれる。
Earlの絵がDevilによって日の目を見る。
正と悪はほんの紙一重の状態でいつも隣り合わせになっている。
これらのことは日常茶飯事で誰でもが経験するだろうこと。
このGreendaleでは規模の大きな事柄「地球を救う」「無意味な宗教戦争」からちょっとした日常茶飯事までを
実に巧みに組み合わせている。

愛と思いやりを説くはずの宗教で、何故に戦争などが起きるのか?
愛と思いやりを持っていればどうして、環境を破壊できようか?
大きな規模の事ではあるが、誰でもの日常にもこれが値するはずなのだ。
愛と思いやりがあれば、夫婦喧嘩等は起こらないだろうし、人を憎むこともなくなるだろう。
こいつ嫌な奴だな!と思ってもこの「教え」を思い出すことによって、いや、待てよと深呼吸出来るかも知れない。
所謂バイブル的要素が強い。
普段忘れかけている自分を見詰め直し、反省をすることによって愛と思いやりを一人一人が正しく持てば、その
規模は大きくなり、しいては世界の平和に繋がっていく。
ニールはキリストか?
ちょいと横道に入ってしまったが、このアルバムの1曲、1曲、どれが愛と思いやりでどれがDevilでを発見してみるのも
楽しい作業である。

さて、人生におけるバイブル・アルバム。
サウンドがどうだの、クオリティーがどうだの。
あほらしいことだ。
ニールがこのアルバムに放り込んだものは単なる最新鋭のサウンドでは感じることの出来ない「教本」としての役割
ではないだろうか?
クオリティーのサウンドを求めたければ、ライブへ来い!とニールはほくそ笑っているように思えてくる。