BEATLESを訪ねて何千里?

 

秋の夜長のことだった。
懐かしい音が恋しくなり、ビートルズをのんびりと聞いていると、ふっと「リバプール」へ行ってみたくなってしまった。

思い起こしてみれば中学1年生の時、初めて友達から借りてきたビートルズのLP「LET IT BE」を聞いて、「世の中にはこんな素晴らしい曲があったのか!」などと驚きふためいたことが昨日のように蘇って来る。それまではビートルズの存在こそは知ってはいたが、実際に聞いてみたのは始めてだったのだ。

モンキーズのデイビー・ジョーンズやピーター・トークを追い求めていた小学生から脱皮した私はビートルズの出会いで少しばかり大人の仲間入りが出来たような、ホンマ物の音を聞く耳がその時備わったような感じだった。

それからは毎週母から貰っていたおこずかいからおやつを買うことがパッタリとなくなった。
それらはすべてビートルズのレコードをコレクトすることに変わってしまったからだ。
中学時代は勿論いろんなバンドを聞いてはいたが、やはり一番強かったのはビートルズだろう。
毎日レコード版が擦り切れるまで聞き込んだものだった。
映画の4本立てがやってきたとなれば、朝の1番から最後の上映まで居座っていたし、デパートで催されるビートルズ・フェアーには必ずホイホイ足を運んでいたし、ファン・クラブにも入っていた。何もかもが懐かしい思い出だ。

思い立ったらじっとしてはいられない性格である。
急いで格安航空券をあさると、ブリティッシュ・エアウェイズに空席が見つかった。
幸いにも初冬は航空券はかなり安くなっている。
結局11月の28日から1週間の予定でUKを旅することに決めたのだった。

11月28日、出来立てホカホカの関西新空港からロンドンへ向けて出発。
ラッセルスクエアのツアリストホテルに宿をとり、長旅の疲れを医そうとしたが、どうやら出発前から風邪気味だったのが、機内の寒さを伴って、一気に本格的な風邪をひいてしまったようで、熱っぽい。
すぐさまブーツへと走り、風薬を服用したが、何だか効いているような感じがしない。
やっぱり日本の風邪は日本の風邪薬でないと駄目なんだろうかなどと思っていた矢先、アバディーンに住んでいるクリス君からの電話が入ってきた。
「WELCOME TO THE UK! どう?疲れただろ?」
「うん!でも・・・ゴホン!何だか、ゴボッ!風邪を引いたみたい。。ゲボゴボ、ゲボゴボ!」
「だっだっだ大丈夫かい?」
「うん!何とか・・・げげげ。。!」
ロイヤルメイルに勤める彼はこの時期にはOFFが取れず、結局今回の旅は一人旅ということになった。

とにかく私はリパプールへ行く為にはるばるやってきたのである。
こんなところでへたばってたまるもんか!である。
這ってでも行くぞ!ここはもう気力と根性だけが私を支えているようだった。
熱っぽい体を横たえながら、ふぅーっと眠りについた。

翌日は昨夜の爆睡のお陰で幾分気分がマシになっていた。
ユーストン駅で明日のリバプール行きの往復チケットを求め、地下鉄でピカデリー
サーカスへと向かった。
有名なロック・サーカスでいろんなロック・ミュージシャンの蝋人形を楽しんで最後のショーはビートルズのサージェントペパーズの衣装を着た蝋人形がビートルズ・ソングを披露してくれていた。
その後ロンドン名物の赤い2階建て観光バスで名所を一巡りして、夕刻にはホテルに戻って
用心の為に早く休むことにした。
もう早くもロンドンはクリスマスのデコレーションでキラキラと輝いている。

いよいよ明日はリバプールだ!

11月30日、ユーストン駅からリバプールへと向かうインターシティーに乗り込んだ。北上して行くにつれ、車内に冷気が忍び込んでくる。羊羊羊だらけの窓の外。UKの冬はさすがに寒くて暗い。だが心はウキウキだった。約3時間あまりで目的地のリバプール・ライム・ストリート駅に到着する。「マウント・ロイヤル・ホテル」が2晩の宿で、こじんまりとした可愛いホテルだ。重たい荷物を下ろして、早速その足でツアリスト・インフォへと急ぐ。明日のビートルズ・マジカルミステリー・ツアーの予約を入れるためである。

リバプールの街はロンドンとは違いかなり冷え込みがきつい。
きついと言えば、なまりも相当なものである。
ロンドンでは不自由しなかった英語が、ここでは全く何を言っているのか分からない。
だが、ビートルズを訪ねてきた訳で、何も英語の勉強をしにきたんではないなどと変に開き直ってしまったら、気分も軽くなった。
ここもクリスマス商戦のまっただなかで、キラキラのデコレートと貰ったらさぞかし嬉しいだろうなって感じのプレゼントが美しく調和していた。
フラフラとあてもなく歩いていると、フードコートを見つけ出した。そう言えば昨日はあまり食欲も出ずに喉を通らなかった食事であったが、ここで中華を見つけ、暖かい中華で体を温めた。
ようやくリバプールなんだなぁ。この街で彼らは生きていたんだ。生まれたんだ。
と思うだけで、体中がゾクゾクして胸がキューンと暑くなっていくのを感じていた。

12月1日、私は今リバプールのマジカル・ミステリー・ツアーのバスに乗り込んでいる。
こんな時期にやってくる観光客など殆どいないだろうという予測を裏切ってバスには約30名の観光客が集まっていた。

「Welcome to the magical mystery tour!!!!」と、最初のBGMはやっぱりマジカル・ミステリー
ツアーから始まった。ツアー・バスはビートルズのイラストが描かれた大型バで、ツアーを受け持つガイドのおじさんは、病気がちだったリンゴの入院していた病院や、ジョンとシンシアが結婚式を挙げた教会などを紹介しながら、ジョンとポールの通った美術学校、それぞれの実家を回っていく。街から少し離れると、ペニーレーンやストロベリー・フィールドなどのゆかりの地へと進んでいくペニーレインと記された道路、ストロベリー・フィールドの赤い鉄の門の壁は、

世界各国から訪れたファン達の落書きやメッセージが一杯書き込まれていた。思わず、バシバシとシャッターをきりながら、「ああ、今私は彼らが歌った曲の中に立っているんだ」と、不思議でかつ信じられないような妙な嬉しさが込み上がってくる。どうやらそんな感情をもつのは私だけではないみたいだ。回りのみんなも、ほう!などとため息をつきながら、感慨にふけっているように見えた。帰りのバスの中では、勿論ビートルズメドレーで、最後にみんなで「愛こそすべてを合唱して、楽しいビートルズ・ツアーは終了した。

12月2日、昨日の興奮が残る中、ツアリストインフォで入手した地図を片手にビートルズが青春
した街リバプールの街を散策することにした。
まずは、彼らが出演していたライヴハウスのキャヴァーン・クラブを探すためにマシュー・ストリートへと足を進める。洞窟の中をイメージしたキャヴァーン・クラブはビートルズがロンドンへと進出するまで、地元でぐんぐんとに人気が出て確実に実力をつけ、マネージャーのブライアンと出会ったところである。「ここから世界は始まった」というロゴの書かれたキャヴァーンクラブの建前に佇んでいる。当時ここには、ビートルズのライヴを見るための若いファンたちのキューが延々と続いていたんだろうな。今は実に寂しく物悲しささえ感じさせるただの路地でしかないが・・・「ここの斜め向かいには「レノンズ・Bar」、そして彼らが実際ライブや練習を終えて、たむろしてい「グレイプ」というPUBが並んでいる。そしてここから少し歩いていくと、The Beatles Shopがある。他所ではお目にかかれないBeatlesの様々なグッズが置いていた。マシュー・ストリートを抜け、港を目指す。リバプールは港町である。風がものすごく、冷え込みかたも相当な日であった。首をすめながら、アルバート・ドックへと向かった。「ここから彼らは、期待に胸を躍らせながらドイツのハンブルグへの旅に出たんだ!」と、寒々とした港を眺める。

ここの一角には「ビートルズ・ストーリー」というビートルズ歴史や展示物を備えているエキジビジョンがある。入場料£6を払って早速中に入り、ビートルズの輝かしい歴史を振り返ってみる。さきほどのキャヴァーン・クラブを再現したコーナーで椅子に腰掛け、当時の若者に戻った気分でこのビデオ上映に見入っていた。お土産コーナーもしっかり用意されているが、やっぱりリバプールのロゴの入ったものはここしか売ってはいない。Tシャツ2枚・・・(多分勿体無くて着ることはないんだろうが)・・・・を買って、今まで日本では見たこともないような小物もお土産に買い求めた。
この街には今でもビートルズは生きている。そんな感じがした。12月3日、ルーツを辿った駆け足のリバプールの旅を終えて、再びロンドンへと戻る列車の中。ウォークマンでひたすらビートルズのBGMを楽しみながら、この2日間の興奮をしっかりと噛みしめていた。ロンドンの今度の宿は、プレジデントホテルである。このホテルはラッセル・スクエアにあり、彼らが実際故郷のリバプールからロンドンへと進出を図った時に定宿とされていたホテルである。実際にロビーには当時のビートルズが泊っていたときの4人の写真やベルボーイの写真が飾られてあったりした。
少し休憩をとって、気分をあらたに街へと繰り出した。

(この日は別の目的があった。シャーロック・ホームズを求めてベイカー・ストリートで
1日シャーロック・ホームズに酔いしれた)
 
 

12月4日、今日は彼らのレコーディングスタジオのあるEMIスタジオと有名すぎるほど有名な道路アビーロードを探しに出かけた。
地下鉄でベイカーストリートまで出て、そこでジュピリー線に乗り換え1つ目の駅セント・ジョーンズ・ウッドで降りて地上に上がった。
地図を広げながら、くねくねと少し迷いながら、ようやくEMI前にたどりつく。門はしっかりと閉じられていた。白い壁には、ストロベリー・フィールドと同様に世界中から訪れたファンたちの落書きやメッセージが所狭しとひしめきあうように書き込まれてある。このスタジオ内でいくたの素晴らしいサウンドがジョージ・マーティンのすご腕を通して素晴らしいアルバムとなって世に送り出されたのである。私がニチイ(もうない)のレコードショップで買い求めていたビートルズのアルバムの原点はここから始まっていたんだ。などとひたすら感動してしまう。

実際のアビーロードのLPのカバーに写る道路は現在はその場所を少し移動させている。だがそのアビーロードをビートルズの如く渡ってみる。出来ることなら友達を引き連れて4人でこの道路を彼らのポーズにように渡ってみたかった。しかしこの道路、実際は結構な交通量である。ゆったりと感慨にふけりながら渡ってはいられない。世界各国からやってきた私のようなファンにとってはこの道路は特別な道路な訳であるが、地元のロンドンドライバーにとってはただの道路でしかないのだろう。ビュンビュンと車をとばして去っていく。

日本からロンドン、そしてリバプール、再びロンドンと実に忙しい1週間の駆け足旅行だった。
今でも何を思い出したかふとビートルズが聞きたくなってしまう。
こうやって少しでも彼らの生まれ育った街の空気に混じって呼吸が出来たことだけでも何て光栄で素晴らしいことだろう。
思い切りリバプールの強くて冷たい風に打たれ、風邪の具合が悪化し、気力で持ちこたえたUKから日本へ戻るとしばらくは床を暖める人となってしまった。
だが、耳の奥底、瞼の奥底、足の底にはリバプールのロンドンで感触した私のビートルズが生々しく生きている。
きっと生涯忘れることなく・・・・